2004年の俺とハロプロとシャイ娘。とこんこんの総括



モーニング娘。
辻加護と言う中期娘。を語る上での大きな要因の損失が娘。にもたらしたダメージは
ハロプロ界隈やヲタの範疇を越え一般に娘。の凋落を認識させるに十分な
インパクトを与えた。
一月の安倍の卒業もそれを物語る上で大きなテーマなのだが、安倍の卒業は
一つの娘。の歴史に幕を閉じさせた、という方が大きい。区切りと言うか。
片方、辻加護の卒業はスターダムへの軌跡を作った功労者の象徴的存在として
世間一般からも認識されていた存在の損失は、イコール娘。としてのポテンシャルの
劣化に他ならないというイメージを持たせてしまった。
ヲタ的に言えば、それだけ四期メンバーのポテンシャルは高かった。
そして四期加入後の娘。と言うのはそれだけインパクトの薄い存在で
四期が蓄えに蓄えきった貯金で食いつないでいた零細企業だった。
だからと言って俺は五期が悪い六期が悪いなんて頭の悪い感想を持つわけではなくて
それは五期と六期はそれぞれの個性を持つもそれが世間に届きにくい存在、
これは用はアイドルグループの正しい認識のされ方で不思議な事じゃない。
だからそれだけ四期の、殊更辻加護は軌跡的存在で、辻加護の卒業は軌跡の終焉だった。


軌跡の終焉を象徴させるのが「涙の止まらない放課後」だ。
こんこんがピックアップされた楽曲だからヲタとして俺も苦言をするのはイヤだが
楽曲の迷走と娘。の迷走を体現したものの最たるものだったのは言うまでもない。
ヲタの中でこんこんの魅力を昇華したものだ、等の意見を見たのも愚の骨頂で
面白くないものはやはりヲタが見ても面白くないのだ。
それだけ娘。のシングル一個一個に重みがなくなってきたのも2004年だとも思う。



「W」
娘。とは反発的に今年順調に歩みだした「W」
ロボキッス」が生まれた事に辻加護の軌跡の継続を見た!辻加護すげぇ!って言う。
しかしセールス的にふるわなかったのがちょっとイヤな感じもするが
これはプロモーションの打ち方が下手糞だったから、という感想なんだけど。
楽曲的にいいのにヲタ向けのアプローチしか出来なかった事への代償か。
いずれにしても残念な部分があったのは事実だけど、それでもこの曲が生まれたのが
Wが辻加護が強い部分なんだろうね。
「Wの映像の世界」のような遊びも出来るのも大きい。
型にはまらないのが辻加護の強さ、フロンティア精神を魅せつけ魅了させる凄さ。
この強さが来年、「ロボキッス」を越えた時の爆発力に期待したい。


続きはあとで書きます。
何故って?今から冬コミ行くからだYO!!!